Tri・be・ki・ya

フィルモア通信23 ピーターホフマン その3
 ある日ピーターは僕に日本の料理本を見せ興奮した様子で、マサミ、これはビューティフルだ、僕はこの人に会いたいと言った。その本は日本のフランス料理屋のシェフの料理が美しい写真と共にレサピが載った写真集のような本だった。日本料理のように細心の切り口で盛り付けられた料理にはイマジネーションを誘うネーミングがしてあった。
 ピーターはその夏日本にヴァケーションに行く予定だった僕にそのシェフ宛に手紙を書くから翻訳して渡してくれないかと言った。
 
 僕はピーターのために役に立ちたいと思い、引き受けた。
ピーターの手紙は短いがそのシェフに対する尊敬と共感のこもった文章だった。僕はピーターにかならず届ける、お前の気持ちを伝えると言った。

 成田空港に着いた僕は、あらかじめ連絡しておいたそのシェフの店に行った。青山にあるその店は地下にあり、ラ ロシェルとフランス語のロゴがあった。午後の開店前僕は名前を告げるとシェフがやって来て、坂井です、と僕の手を握ってくれた。
 
 ピーターからすでに手紙を受け取っていた彼はアメリカ人とのコミュニケーションを心配する様子だったので、今ピーターはニューヨークの日本語スクールで一生懸命に勉強してるし、性格は本当に明るく愉快な奴だからコミュニケーションは大丈夫だと思いますと伝えた。
 それから彼はニューヨークのレストランのことや今の料理の流れなどを質問したので実はあまりそういうことを知らなかった僕は答えに詰まってしまった。ただヒューバーツの料理、そしてお客さんのことなどを話した。
シェフは料理のことをよく話し職人気質が表れていた。ちょっと疲れているようにも見えた。僕はピーターのことをお願いしますといって店を出た。

 短い休暇を京都で過ごし僕はニューヨークに戻ると坂井さんはオーケーと言ったよとピーターに告げた。ピーターは喜び、レンに日本に行くことを伝えた。僕はピーターの様子に嬉しかったがたぶん日本であの店で苦労するだろうな、と思った。
 
 数週間の後、ピーターは日本に旅立った。青山の近くにアパートを借り、無給でフルタイムの見習い仕事を憧れの日本のフランス料理屋で始めた。
一年近くそこで働き、京都の僕の母や兄にも会いにきたとき、国際電話をかけてきた。僕はヒューバーツの近況やその頃ピーターの恋人になっていた、スーザンの入院のことや見舞って元気だった様子などを話すとピーターは涙声になった。ぼくは大丈夫だから心配するなといった。 

                          この稿続く。  

 





| chef | - | 17:32 | - | - |
フィルモア通信22 ピーターホフマン その2
 その頃のヒューバーツレストランには後にフランスソムリエコンクールで一位になるジョシュワ ウェッソンやニューヨークキューリーナリースクールの教授でフードTVのファカルティメンバーとなるキャサリン アルフォードなどがいて、新しい料理やワインの組み合わせについて考えを実践しているような活気に満ちた雰囲気があった。ピーターはロミー ボロタンと共にマスプロダクトではないニューヨーク市郊外の農家から直接に野菜や乳製品を購入するシステムや賛同するシェフたちと繋がる運動なんかも引っ張っていた。

 初めてヒューバーツレストランのキッチンのエントランスの呼び鈴を押すとフーイジィットとインターフォンの向こうから女の声が聞こえ、かねて教えられたとおりに、イッツマサミと答えるとびっくりするような大きなブザーが鳴ってドアのノブがまわり地下のキッチンへと階段をぼくは下りていった。
 キッチンの網戸の前までくると内側から開いて、カムインと声をかけてくれたのがキャサリンだった。すぐにピーターが僕の前に来て居合わせたみんなに声をかけ僕を紹介してくれた。それからひとりひとりが僕に名前を名乗ってくれた。僕は聞き取るのに必死だった。ピーターはオフィスにいるレンとカレンのもとに連れて行ってくれた。緊張していたがみんなが笑顔で迎えてくれたのと真っ白なシェフ服とキッチンの匂いが僕を惹きつけた。
 レンは暖かい手で僕の手を握り我われのキッチンにようこそと言った。

 毎日僕はヒューバーツに通った。仕事先の日本レストランが終わるとヴィレッジにあるカフェ ランターナでコーヒーを飲みマリーベスと少し言葉を交わすと、明日ヒューバーツでレンやピーター、ニーナに質問するためのフレーズを考え、辞書を引いた。毎晩質問を考え、ヒューバーツで聞いた。
 誰もが僕の英語を我慢強く聞いてくれた。しかし、その返事をぼくはあんまり理解できなかった。いつでもピーターは僕の話を聞いてみんにマサミはこういうこと聞いてるよ、といって通訳をしてくれた。パングリッシュトランスレーターだと言ってピーターは笑った。
 ジョン デューダックはペーストリーシェフでシティーカレッジで統計学を学ぶ静かで礼儀正しい男だった。彼が作るタルトは日本で僕が口にしたものとは本当にちがっていて香ばしさと軽さに驚いた。
 ほとんどのヒューバーツで作られる料理は作り置きするソースや前菜などもなく、あっさりと軽い風味のものだった。

 ピーターは毎週月曜には何処からか、ごっそり籠いっぱいの野菜をかかえてキッチン入ってきた。 この稿つづく。
                       





 
| chef | - | 00:53 | - | - |
フィルモア通信21 ピーター ホフマン その1
 ニューヨークに着いた初めての冬、僕はソーホーの日本レストランでキッチンヘルパーのアルバイトをしていた。レストランの閉店後、従業員の僕らが食事を取っている頃、堅く錠のかかったドアから呼び鈴を鳴らして、スポーツ自転車を担ぎながらピーターは僕らにこんばんはと言った。オーナーの友人ですぐそばのアパートに住む彼は日本料理と日本人に興味があるらしく、ときどき自分の仕事が終わると友人の店に来るらしかった。

 その頃僕は英語はあんまり話せなかった。ピーターはとても人懐っこく
その店の新人である僕に挨拶をしてどうぞよろしく、と言った。オーナーのミキオさんはピーターに僕が日本料理を京都で十年修業をしていてニューヨークにヴァケーションで来ていることなどを伝えてくれた。
ピーターはパークアヴェニュー22丁目、グラマシーパークの裏にあるヒューバーツレストランで働いていることなどを話してくれた。大きな暖かい手で僕の手を握った。僕はニューヨークのフランスレストランでどんな料理を作るのかピーターに聞きたかった。なんとか英語で話そうとしているのをピーターは察して、それじゃ今度ヒューバーツのオーナーたちをこの店に来るように言うからそのときに紹介すると言った。

 それからしばらくしてヒューバーツレストランのオーナーたちがやって来た。カレン ヒューバーツ女史とレン アリソン氏たちはソーホーのその日本レストランをピーターから教えてもらい出される料理の簡素さと美しさ、そして素材の風味に魅せられ自分たちの休みの夜に食事にくるのだった。

 その夜、客席からキッチンがわずかに見える暖簾越しに僕らの仕事ぶりを伺っているアリソン氏のところへミキオさんは僕を連れて行って紹介してくれた。アリソン氏はピーターから君の事は聞いている、アメリカへようこそ、というようなことを言った。僕はあなたの店で料理が見てみたい、いいですかというと彼はオーケーといった。

 その夜店が閉まってからピーターは自転車をかかえて店に入ると僕にレンに会ったかと訊き、それじゃ明日からでもヒューバーツに来いよと言った。
ミキオさんに言ってもいいかと訊くとミキオさんの店がはじまる夕方には帰ってきてねと言い僕のヒューバーツレストランのインターンシップが始まった。ピーターは僕がヒューバーツに来ることをとても喜んでくれた。

                           この稿つづく
| chef | - | 21:38 | - | - |
フィルモア通信20 レナート、フェリスナビダ 初めての冬
 レナートは17歳の冬をニューヨークで迎えた。メキシコから国境をどうにか越えてやってきた。
 
 デュエインパークカフェはトライベッカの南、ウエストブロードウェイとデュエインストリートにあり1ブロック西にはデイビッド ブレの店があった。91年の冬僕はセイジさんのその店にいた。

 同じメキシコ人でガーマンジェを任されていたセリーロの紹介でレナートはキッチンに入ってきた。僕にはその少年は中学1年生くらいに見えた。
アメリカにきたばかりの彼は英語は話せなかったが、ディッシュウォッシャーの仕事をよくこなした。忙しいディナーの最中にはセリーロに言われた
雑用をしながら僕らの仕事をよく見ていた。レナートに用事を頼むには
セリーロに通訳を頼まなければいけなかったが、レナートは察し良くすぐに
手を貸してくれた。いつもにこにこ子供のように笑うレナートをキッチンメンバーもウェーターたちも彼を愛した。僕がバンビーノ、と彼を呼ぶと顔を赤らめたがバンビーナ、レナータとからかうと口をとんがらせて怒った。
 
 僕はデュエインパークカフェでも魚とヴェジのステーションをやっていた。
オーナーシェフのセイジさんはニューオリンズのケイポールでポールの
右腕として働いた後ニューヨークに戻り、ヒューバーツで僕らは知り合った。そしてデュエインパークカフェを開いた。セイジさんの料理はおいしかった。ニューヨークで一番といわれた牛肉専門卸の店デ ブラッガの社長とも知り合いのセイジはリブアイステーキを仕入れオリジナルのパンブラックエンステーキを焼いた。それはいつでも香ばしく見事に焼き上がりミディアムレアのステーキはジューシーだが肉汁が皿に流れるようなことがなかった。肉を焼いてからの休ませ方に熟練があるらしかった。週末のデュエインパークカフェは忙しかった。僕もセリーロもセイジも猛烈に働いた。

 レナートは皿を洗いながらセリーロのために足りなくなった野菜を洗ったりアイスクリームを取りに冷蔵庫に走ったりしていた。僕は出来上がった魚やガーニッシュを皿に盛り付けていると視線を感じ顔を上げるとレナートが
じっと僕の手元をみつめているのだった。僕がレナートお前は料理が好きかと問うとセリーロを見ながらシー、と言った。すぐにイエス、と言うようになったが顔を赤らめ恥ずかしそうに覚え始めた英語を喋った。
僕がオーダーを聞いて作り始めた皿の足りない香味料を訊かれるまえに持ってきてくれたり、キッチンを離れた間に通ったオーダーの僕の料理を準備してくれていたりした。

 僕とセイジはレナートに忙しい週末にキッチンのサポートをやらせようと彼にセリーロの見習いをやらせてみるとすぐに仕事を覚え上達した。僕らは
レナートはシェフになれるかしれないと思った。性格のよさや手足の素早さ、観察力と勘の良さがあった。魚を焼かせてみると僕とそっくりに素材と道具を扱った。そして手が優しかった。いよいよ僕らは彼にメインディッシュの仕事を彼に教えることにした。セリーロのガーマンジェの仕事とは違って僕らのステーションは手早さだけでなく緻密で正確な時間の判断が必要だった。そしてひとつひとつの料理のオーダーを読みこなさなければならなかった。レナートは壁にぶつかった。彼は時計の針の読み方を知らなかった。
英語だけでなく字が読めなかった。注文されたオーダーが読めないので
記憶だけで溜まったオーダーをこなさなければならず週末には彼を使えないことになった。僕はなんとも言えない気持ちになった。字が読めない、と言うことが自分には想像がつかなかったがレナートのことを考えると胸になにかが込上げて来た。僕はレナートに学校へ行くように、と言った。
レナートはイエス マサミ アイ ウィルと答えて僕を見た。

 12月のとても冷える夜、オーダーを出しおわり、深夜のキッチンから
セリーロやレナートがいなくなって僕らが捜すと地下の倉庫から地上の階段に上がって外を眺めるセリーロたちがいた。じっとみている彼らのあとから
階段を上がるとあたりは真っ白だった。雪が降り積もり僕らの息も白くなった。
レナートは生まれて初めて見る雪だった。英語でなんと言うかと聞きスノウと答えると、レナートはスノウと繰り返した。もうすぐクリスマスの静かな夜だった。

 














 



| chef | - | 14:42 | - | - |
フィルモア通信19  solitary man 
 独りで過ごす夜の長さがつらいときもあった。
 
 レストランで仕事をしているときは自分の考えを必死に
クルーに説明しどうすることがベストの皿に料理できるか
考えた。素材のことを考え他者の味覚のことを考えた。
深夜寝る前に頭に浮かんできた茄子をどうしようこうしようと
想像して朝になり、起き上がってそのまま夜通し開いている
コリアングロサリーで茄子を買い、ヒューバーツのキッチンが開くのを
待ちかねてでかけて行ったりもした。

 友人たちは僕をよく仲間のコンサートやパーティーに誘ってくれた。
休みの日にはディナーを食べにおいでよとアパートに招いてくれたりもした。僕がいつも独りでキッチンにばかり引きこもっているのを
心配してくれているらしかった。たしかに僕は仕事ばかりしていた。
休みには歩いていける美術館に彫刻や絵画を見に出かけていった。
そこで何時間も過ごした。一日に八件の映画館を回り、ポルノやギャング映画を見て発熱して寝込んだこともあった。

 ぼくには恋人がいなかった。
ぼくはまだ女性というものを知らなかった。いつでも誰かを好きだったし
デートというのはしたこともあったが、女の体に触れたことはなかった。
誰かを好きになる胸の痛み、とかいうものは何度となく経験したが
その誰かの実体を経験することはなかった。自分はなんか変なのではないかと思った。まわりをみまわすとどんなひとにも恋人がいるように見え苦しかった。

 冬のある夜、僕は女を抱きしめたいと思い、ミッドタウンに向けて歩き出した。夜の徘徊でおおよその見当がついていたコリアンのホアハウスの
ある階下のグロサリーストアの横の階段を上がって行き、ドアのベルを押した。中から中年のおんなが顔をだし、はいれと言った。お前は日本人かと聞くのでそうだと答えるとお前はリッチだなといった。
 すぐに若い女が出てきてこっちにこいと小さな部屋に僕を案内した。
じゅうぶんにきれいに見えた女は僕にお金はいくら持っているのとたずね
寝台に横になるように言った。僕は持ち合わせの60ドルを彼女にみせると
不満そうだった。僕はこれしかないと言うとしょうがないわね、と言いながら自分も寝台に上がってきた。僕は60ドルを彼女に渡した。彼女は
お前は今日は仕事は休みかと聞くのでそうだといい、自分は休みの日は
一日中寝ている、それだけが楽しみだと言った。緊張しながら僕は女に手をまわし、白い肩と首に触れた。ちょっと力を入れるとそこはがちがちに
凝っているのが分かった。こりゃひどい肩こりだと察しがついた。
 僕はどきどきしながらゆっくりとさすり肩から首筋にかけて揉んでやると女はため息をついた。僕は女をうつぶせに寝かし裸の肩にタオルをかけてマッサージを続けた。
 肩から背中へとさすったり揉んだりしているとやがて女は寝息を立て始めた。ぼくはそのまましばらく背中をさすってやっていた。さっきまでの
自分のちょっと興奮したような気持ちはなくなっていた。
 そのまま僕は靴を履いて部屋を出てグロサリストアへの階段を降りた。
店先に積まれてあったカンタロープとハニーデューが甘く匂った。僕は人通りのまばらな夜更けのミッドタウンを歩き出した。さみしかったが、辛くはなかった。
 おれは、自分はこれでよいのだ、と思った。







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